コラム : 休眠商標〜邪魔な商標をなくす方法

(1)登録後の使用証明義務付け

2009年6月22日付の日経ネットニュースにこんな記事がありました。

「休眠商標」使いやすく 登録後の使用証明義務付け 政府検討
 政府の知的財産戦略本部(本部長・麻生太郎首相)は、社名や商品名の独占的な使用を認める商標登録制度を見直す方針を固めた。届け出をしながら使われていない休眠商標が多い現状を改めるのが狙い。具体的には登録から一定期間後に実際に使われているかどうかを証明することを登録した企業に義務付ける。6月下旬にも決定する「知的財産推進計画2009」に盛り込む。  商標は社名や商品・サービスを識別するためのロゴ、図柄などのこと。特許庁に登録すれば知的財産として保護され、実際に使っていなくても、有効期限内は無断使用できない。有効期限は登録から10年で何度でも更新できる。特許庁に登録している商標数は2008年末時点で約173万件で、このうち4割が使われていないという。

(2)「休眠商標」とは

休眠商標とは、単に商標権を取得しただけで、実際に自分が販売する商品や役務(サービス)などに使用していない商標をいいます。
  商標権を取得するため商標を登録し、またその権利を維持するために10年後に更新するためにはそれなりの費用がかかるにも拘わらず、このような休眠商標が多いのには様々な理由があります。例えば新製品を発売する際の商品名としてストックしておきたい、自分の商品には使う気がないが、ライバル会社に使われたくない、更には偶然後でその商標を使用したものに高値で売り付ける(商標ブローカー)(注:a)などの理由が考えられます。

(3)商標使用のチェック

商標は単なる文字の羅列やマーク、または(ロゴのような)文字とマークの組み合わせなので、たとえそれが自分で考えた造語やマークだとしても、それだけでは商標的な価値ないはずです(注:b)。その商標を具体的な商品やサービスと組み合わせて販売することにより、購入する人々に浸透してこそ、その商標に信頼が宿り、いわゆる「ブランド」となって大きな価値が生まれるのです。
  商標が法律で保護されるべきなのは、本来そのような購入者の信頼が宿った商標であるはずなのですが、日本では商標出願(商標を申請すること)のときに、その商標を使用する「意思」があればよいとされ(注:c)、現行法では、登録後実際にその商標を使用しているかのチェックはされていません。

(4)商標法条約の締結

実は、平成8年度に商標法が改正されるまでは、商標の10年目の更新登録の際に、その商標を使用しているかどうかのチェック(審査)を行っていました(「更新登録の出願」制度)。
  しかし、平成8年度に「利用者の利便性の向上」を目的とする商標法条約を締結するにあたり、更新のチェックは廃止になりました。商標法条約では、登録更新の際にその商標を使用しているかなどの実体的な審査を行うことを明確に禁じているためです(商標法条約13条(6))(注:d)(注:e)。

(5)休眠商標の増加による新規参入の壁

ところが、インターネットの普及により、一般の人でも仮想店舗(ネットショップ)を容易に持つことができるようになりました。このため近年、ネットショップを通じてネットビジネスに参入する人の数が爆発的に増加しています。しかし「いいネーミング(商標)」が休眠商標として既に抑えられているとすると、新規にネットショップなどを始める人は、残り物の「パンチの弱い」商標を店舗名として使わざるを得ません。このことはネットビジネスを行おうとする人にとって新規参入の壁になっています。

(6)政府検討案について

今回の政府検討案は、休眠商標を登録から一定期間後にチェックするものですので、「更新時」のチェックを禁止している商標法条約に反するものではありません。この案が成立すると、商標権の所有者は、商標権取得後に、その商標を使用していることを証明できるなんらかの書類を保管しておく必要が生じるであろう点に注意しなければなりません。
  しかし一方で、休眠商標の数が減ることにより、ネットビジネスの新規参入者にとっては自分のネットショップの店舗名などに付ける商標の選択の幅が広がるでしょう。

(7)商標不使用取消し審判

このような政府案の成立を待たなくても、自分の使用したい商標が既に他人に商標権を取られていて、しかも、どうも使用されていないのではないか(休眠商標)と思われる場合、現在の商標法でも、そんな休眠商標の商標権を無くしてしまうことできます。それが商標不使用取消し審判(商標法50条)です(注:f)。
  この制度をざっくり説明すると、審判請求のときから遡って3年間一度もその商標を使用していない場合、商標登録が取り消されて、商標権が消滅してしまうというものです。しかも取消し審判を請求する側は、その商標が3年間使われていない(休眠である)ことを証明する必要がなく、取り消しを免れるためには、商標権を持っている側が、その商標を使用していることを証明しなければならないという、審判を請求する側に有利な制度になっています(注:f)。このため現在でも多くの不使用取消し審判が請求され、その結果、かなり多くの商標登録が取り消されています。
  ただし、この商標取消し審判を請求する際には、指定商品・役務をどうするか、事前に取り消したい商標の商標権者と交渉すべきか否かなど、けっこう難しい判断が必要になります。したがって商標出願ぐらいなら自分でできる方であっても、この審判請求に関しては弁理士さんなど専門家に依頼したほうがよいでしょう。

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注釈)
a)  商標ブローカー行為は、商標使用の意思なしとして登録が認められないはずですが、その人に「意思」がないことを明確に示すことは難しく、このような場合も登録されているケースもあります。
b)  特にロゴなどの図形を自分のデザインで作成した場合、別途、著作権的価値が生じる場合はあります。
c)   日本で使用の意思で足りるとされているのは、その商標がまだ使用されていないことを理由に商標権が全く取得できないとすると、新製品発売時にはその商品名に商標権を付与できないことになるなど法的安定性に欠けてしまうためです(登録主義)。
d)  商標法条約13条(6)(訳文):いかなる締約国の官庁も、登録の更新に際し実体について審査することができない。
e)  現在、この「商標法条約」の発展形である「商標法に関するシンガポール条約」がいつ発効するかに注目が集まっています。
f)  商標法50条
第1項  継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下この条において同じ。)の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。
第2項  前項の審判の請求があつた場合においては、その審判の請求の登録前三年以内に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務のいずれかについての登録商標 の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品又は指定役務に係る商標登録の取消しを免れない。ただし、その指定商品又は指定役務についてその登録商標の使用をしていないことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは、この限りでない。
第3項  第一項の審判の請求前三月からその審判の請求の登録の日までの間に、日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をした場合であつて、その登録商標の使用がその審判の請求がされることを知つた後であることを請求人が証明したときは、その登録商標の使用は第一項に規定する登録商標の使用に該当しないものとする。ただし、その登録商標の使用をしたことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは、この限りでない。

(2009年6月23日公開,最終更新2009年7月26日)